以前の記事でも紹介したとおり、翻訳会社に登録して翻訳の仕事をする場合、翻訳者はその選考やトライアルにおいて能力、スキル、実績面など、さまざまな側面から評価や審査を受けます。
翻訳者になりたい!と思っても評価や審査のポイントは多くあるので、「自分は具体的に何をすればいいのか?」とか「自分に不足しているのは何か?」と悩む人も多いようです。
実際、翻訳者になる「なり方」のようなものは人それぞれです。こうしたらなれる!という確実な方法はありません。
しかし、明確なキャリアパスのようなものはなくても、よくある「なり方パターン」みたいなものはあると個人的に思っています。
あくまで自分が翻訳会社に勤務したり翻訳者として仕事をしてきた体験ベースの話ですが、翻訳者の「なり方」は大きく分けて次の2パターンに分かれると思っています。
バックグラウンドが専門知識系
まず1つは、最初にその専門分野と関わりの深い仕事を経験していて、そこから派生的に語学力を身に付けたり翻訳の勉強をしたりして翻訳者になるパターンです。
たとえば以前、私はIT分野を専門に取り扱う翻訳会社に勤務していたことがあります。
「前職はSEです」という人や「プログラマーでした」という人が結構いて、その専門知識にはいつも圧倒されていました。
コンピュータが好きでITに関心があったので同じ職場で働いていたものの、私にはIT業界での仕事の経験はまったくなかったからです。
元SEやプログラマーだった人は実際に現場で実務を経験されているので、これはさすがに専門知識では勝てないなぁと思っていました。
特にIT業界では専門知識を証明する資格も多数あり、それらを取得されていることも珍しくありませんでした。資格の名前を出せば専門知識があることは一目瞭然です。
実力の面はもとより、これは書類の面でも圧倒的な強みだと思います。一次選考を書類だけで行うようなところでは特に差が出るはずです。
専門知識系翻訳者の課題
その一方で、このタイプの翻訳者志望の人は、語学力や翻訳の技術、日本語の表現力などが自分に不足していると考える人が多いようです。
「日本語が、とか、もっと表現力を、って言われるとキツイです」なんて言っている人もわりとよくいます。
感じ方はやはり人それぞれになると思いますが、翻訳業界では語学力をベースに仕事をする人が多いので、それが自分の弱点だと感じ始めると特に気になるのかもしれません。
しかし、翻訳に関するモチベーションは語学系出身者よりはるかにはっきりしていて、熱い思いを感じることもしばしばです。
「社会人になって働いているうちに、語学に目覚めて業界に飛び込みました!」とか、「仕事で翻訳されたマニュアルを見る機会があったんですが、その翻訳がひどくて…それなら自分がやってやろうと思ったんです」などなど、印象深いエピソードをいくつ聞いたことか。
専門知識もあってモチベーションも明確。つまり、やる気が違う、というのは翻訳に限らず何事も大きな差を生みます。
そう考えると、専門知識がしっかり固まっていて問題意識も明確、そしてそもそもやる気がある、というのはやっぱり大きな強みだなぁと思います。
社会人になったらしばらく語学から離れていて…という人は、学習しなおしたり翻訳学校に通ってみたりして、徐々に語学力を取り戻したり伸ばしたりする人もいます。
バックグラウンドが語学系
一方で、もともと語学が好きだったり得意だったりして、それをバックグラウンドに専門知識をプラスして翻訳者になる、というパターンも多いと思います。
翻訳会社勤務時代にたくさんいました。というか、私もそのひとりです。
この語学系出身の翻訳者は、専門知識のプラスの仕方に結構差が出ます。
一般的な話として、世の中には英語を使える人が多くなりました。
さらに、「英語だけだとダメだぞ!」というのもよく聞きます。
「英語はあくまでコミュニケーションツールなんだから、プラスアルファで何かないとダメだ!」なんて感じで。
このことは、語学系のバックグラウンドを持って翻訳者になろうとする人にそのまま当てはまるように思います。
語学系出身翻訳者の課題
語学系をバックグラウンドにして翻訳者になろうとする人は、いくら翻訳関連の学習や仕事を通じて専門知識を身に付けようとも、何に関する専門知識がどれくらいあるのか、それをうまく証明することができないのが難点です。
1つの翻訳会社の中でずっと勤務するような場合はいいかもしれませんが、フリーランスになって新しい翻訳会社の登録翻訳者として応募する場合、専門知識を証明することはさらに困難になります。
いくら職務経歴書で「翻訳会社で○○に関する案件を継続的に担当していたため、△△に関する専門知識があります」などと書いても、実際のところどの程度の専門知識があるかは伝わらないからです。
そうするとこの「バックグラウンド語学系」パターンの翻訳者は、翻訳会社の採用担当者から見ると、書類上では横並びでほぼ差がないような見え方になってしまいます。
翻訳会社での勤務経験自体はアドバンテージだと思いますが、「このパターン多いし、専門知識が未知数でちょっとなぁ…」と思われても仕方ありません。
トライアルで実力を証明できればまた別ですが…
そういうこともあって、「バックグラウンド語学系」パターンとして、私自身もフリーランスになる前からこれを大きな課題として考えていました。
資格が問われる案件がある、という事実
翻訳案件のなかには、語学力以外に専門分野の知識や資格がないと担当させてもらえない、というものがあったりします。
そういう事実を知ったとき、私は非常に単純に考えて、「じゃあ、資格を取ろう」と思いました。
IT業界には「ベンダー資格」と呼ばれるものがあります。ベンダー資格は、IT企業がその自社製品に関する知識を認定するために発行している資格で、要は「国家資格」と区別するための呼び名です。
特定の会社の特定の製品が関わってくる仕事の方が圧倒的に多いので、私は迷わずこのベンダー資格を取ることに決めました。
そう決めたのは2008年頃のことでしたが、当時はネットワーク関連の市場が伸びているように感じていて面白そうだったので、ネットワーク関連の技術者向けベンダー資格を入門的なものから順にいくつか取りました。
休みの日にも勉強したり、残業しない日を作って会社が終わってから専門学校に行かないと受からず…これこそが、専門職出身者との実力の差なんだと実感する日々が続いて、これは思いのほか大変でした。
かなり単純な考えから始めた資格取得戦略でしたが、結果はどうだったかというと、フリーランスになってからは関連分野のお仕事をいただけることが多くなり、一定の効果があった模様です。
そして何よりも大きかったのは、資格を取得したというカタチのようなものよりも、実際にその分野の専門知識を得たことです。
自分の専門分野に直球でド真ん中に来る案件ほどありがたいものはありません。自分が知っている分野の翻訳は、調査の作業が少なくなり、自分としても安心でスムーズに進みます。
(だからこそ、先入観や油断によるミスに注意する必要はありますが…)
まとめ
翻訳者になる人の「なり方パターン」の2種類と、それぞれによく見られる課題について紹介しました。
過去の仕事の専門知識をベースに翻訳者を目指す場合も、語学力を武器に翻訳者を目指す場合も、実際に翻訳者になる人は、自分に足りないものは何か?と考えてその課題に取り組んでいます。
最終的にはその分野に対応できる実力を総合的に身に付けるというのが大切になるので、どちらのタイプが有利でどちらのタイプが不利というのもないと思います。
しかし、どちらのタイプでも、翻訳会社への勤務経験はかなりプラスになると思います。これについてはまた記事を書きたいと思います。